よく訓練されたべとこんの日記

生者の為に施しを、死者の為には花束を。正義の為に銃を持ち、全ての不義に鉄槌を! (by BLACK LAGOON)

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軌跡

 
 県立工業高校 機械科卒。

 某航空機部品メーカー入社 表面処理系/塗装 自衛隊機キャッホウ。

 入社一年半後、会社の都合で某トラックメーカー出向 塗装課なのに部品組み付け。

 一年半後、過眠頻発・うつ移行で退職 失業手当の手続きせず。

 三ヶ月ほど後、長兄の誘いで道路工事会社(小規模)入社 人足と警備併用 警備多め。



 二年ほど後、会社のツテで所属を伏せたまま派遣会社経由、発電所行き。
    燃料経路の保安、及びメンテナンス時の電源操作、試運転起動。

 秋から冬にかけて過眠頻発、鬱移行で退職 失業手当の手続きせず。

 退職一ヶ月未満ほどで気晴らしに警備出たら回復、復帰。

 備考:発電所勤務の前後で舗装工事中、段差部とフィニッシャーのバンパー部に足を挟まれ、足甲を圧迫骨折。
      完全固定交差でなく、隙間に爪先が入ったまま引き摺られる状態だった為、切断に至らなかったのは幸い。
 蛇足:H27年の事だが、坂道発進(否アク民)に失敗した新米ダンプとフィニッシャーに挟まれそうになった事も。



 数年後、工事の写真管理や事務仕事が増え、新規現場の監督助手に入るも鬱発症。
 引き継ぎを終えるも出社・連絡不能に陥り、退職手続き無しで引き篭もり化。

 半年後、飢餓手前でなんとか会社に連絡出来、復帰を認められる。
   この頃の会社は警備業務は無く、コンクリート解体や舗装・道路関連の業務のみ。



 齢三十にしてフツーメンキョ取得。



 H27年6月、曇。 休憩なし舗装通し。熱中症(痙攣)でぶっ倒れ。詳細は追記。

 回復後、その時の「目を開けたまま微動だにせず」、という様子を見た社長が「癲癇てんかん」かどうか診断貰って来いと言い、寮の近場の心療内科へ。

 以前から自分でアスペルガーは疑っていたが、ADHDの診断。
 ストラテラ服用しながら勤務継続。


 H27年11月1週。 
 自身のミスもあったが、度重なる圧迫、暴言、暴力に耐え切れず、家財パソコン全部置いたまま寮を脱走。

 半月ネカフェ暮らしでニ十万ほど溶かした後、実家へ。
 この時の状態は電話出来ず、家族からも取れず、メールも困難。 実家退避するまでにニ十万はこの為。
 1日あたりネカフェ5000、食費2000。他はリュックやら着替えやら。たしかゲームには使ってない。


 H27年12月。
 別会社移っていた長兄の協力で退職手続き代行、二人で寮の回収、未払いの給料も。

 年末、積みきれなかった荷物を単独で回収。 はぢめてのれんたかぁ。


 H28年、1月~。
 「なろう」で本の虫とかして過ごす。ネットは回線がないのでせず。

 ↓

 スマホ購入、フリーSIMでネット回線確保。200MB/日*30日のプリペイド式。

 ↓

 ゲームすらしなくなり、本の虫と化す。SIM購入もせず。


 5月。 過去のSSとか見て、なんとなくRF見に行ったら復帰者キャンペーンやってたので貰いに行く。
 5月末。安定所に失業の手続き。

 6月。
 安定所の説明会を眠気でブッチ。
 近くにアーチェリー場が有ることを知る。
 免許の住所変更を今更手続きしに、浦賀警察署へ片道1時間ほどの坂有り道を自転車で行く。
 その帰り、はぢめてのあーちぇりぃー。

 6月17日。
 アーチェリー2時間。 
 年金の免除申請しに横須賀へ自転車1時間。
 なんとなく戦艦三笠。なんとなく税務署で確定申告書を確保。なんとなくホームセンター冷やかし。
 そして自転車1時間。

 6月21日 本日。
 予約してた心療内科へ。
 予約した時は抗鬱剤代わりにストラテラ貰おうかと思っていた事を正直に言い、専門の発達障害の診断は出来ない事と別用途の処方は出来ない為、抗鬱剤のレクサプロ10mg * 0.5 * 14日をぶり返し防止目的で処方して貰う。

 余談だが、ここの先生はADHDの診断に首をひねり、多動は無いよね?と、俺も思ってた事を口にしていた。
 ADDだよな、やっぱり。
 対人不安については、学生時代に あがり症で無かった(あっても目立つような機会がなかった)為、別のモノと考えたようだ。
 現状、鬱の状態は快復してきているが、当時はそうであったと理解してくれていると期待したい。

 あと、ADHDの診断書と処方箋を確保していた事、初診に持ってきたことを、ADHDとしては偉いと褒めるような感じの事を言っていた。
 管理せず紛失ってのはままあるから、これは自分でも幸いだと思う。


 ってのが今日までの軌跡。 以下は熱中症時の詳細。

 
 
  
 H27年6月、曇。 休憩なし舗装通し。
 水分補給もままならず、一人で作業中に熱中症でぶっ倒れ。

 水分塩分不足→座り作業→血圧不足で立てず動けず叫べず。
 同僚が俺に気づいて寝かされたが、塩分喪失で熱痙攣(全身)に移行→口渇により喉張り付き、呼吸困難(何度も窒息)

 熱痙攣はこれで二度目。
 自動車ラインの時の一度目は塩分過不足、応答は可能だった。
 しかし、同時に水分も不足していた今回は応答すら出来ず。

 筋収縮→激痛→反射で全身筋収縮→激痛の無限コンボに陥るので、只管、眼球すら動かさないように食い縛るのみ。

 

 その後、現場事務所に運ばれたが、経口補水塩(OS-1)を買ってくるまで熱中症の対処(冷やし濡らし)だけ。
 呼吸困難は少量の水を含む事でなんとか。

 普通、この状態にまでなると救急搬送が常套だが、別現場の元請けが労災やらかしたお陰で搬送せず。
 まぁ監督のおっさんが熱中症(痙攣)の知識持ってたからそれはいいけど、労災隠しの状態で社長に病院行けと言われた時は「なんじゃそら」と思った。
 必要なのは対処療法であって、回復後の検査は必要とは思えない。
 というかそもそも、熱痙攣・窒息なんてのは日常では普通起こりえない。
 それを伏せるのであれば、何の為に内科にかかるか分からん。血液検査なんて出来んぞ社長。
 これに関しては元請けに対する嫌味とも考えられるが、社長はそれとは別に「てんかん・パニック障害」の診断も求めてたから心療内科には行ったけど。

 
 パニック障害に関しては日頃の挙動不審(話しかけると固まる、状況が多動すると混乱する)があるのと、てんかんは事務所で横になっていた時の様子から。

 そりゃ目を開けたまま微動だにしない、なんて異様な様子を見れば、そう思うのも無理は無い。
 だが、状況から真っ先に疑って欲しかったのは熱中症/熱痙攣だった。
 
 ちなみに、意識が有れば「瞬き」で意思疎通は可能だ。



 窒息を繰り返していた時は「このままじゃ死ぬな」と達観し、飲めずとも水を含まされて助かった。
 トラックの座席に載せようとされた時は「出来るわけ無いだろう」と力尽きた。
 事務所で横になっている時は「誰も熱痙攣の知識はないのか」と思った。
 救急は呼ばないと聞いた時は「アホか」と。

 結果で言えば死ななかった。だから今でも軽く考えられているかもしれない。
 もし、あのまま窒息していたらどうなっていた事やら。

   
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  1. 2016/06/21(火) 17:31:15|
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越南解放戦線

平成20年4月
 RFZ/T鯖ベラート軍
  ノバス戦線より撤退

平成20年5月
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  エセスティア戦線へ参戦
 
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